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2011.04.20

大震災・原発事故でいろいろ考えたこと

数年振りのブログ更新です。
小さかった子供もはやいもので、もう小学生。
一人で御遣いもお留守番も大丈夫ね…
と思っていたら、数百年に一度の大地震。
そして、レベル7の原発事故。とても一人にはできない状況になりました。

3.11のあの日、職場の高層ビルで地震に遭遇。
想像を遥かに超えた揺れの中、ただただ子供の無事を
神様に祈る続けるしかありませんでした。

幸運なことに、その日は偶然、おばあちゃんが我が家にいました。
職場からどうやって家に戻れば良いのか途方に暮れる中、
おばあちゃんが子供を迎えに行ってくれて…
大混乱の中、すぐにメールが届き無事を確認。

甚大な被害をもたらした東北地方の様子がわかるにつれ、
その後、自身も放射能の恐怖に怯えながら、会社に出勤し続けなければ
ならない状況になるにつれ、
人生について、そして、自分にとって本当に大切なものは何かについて、
様々なことを考えました。

歳をとるにつれ徐々に変わってきた価値観が、今回の事で、
さらにはっきりと変わっていくのを自覚することができました。

地震・原発。。。
正直なところ、これまでそれほど関心が高かったわけではありません。
でも、ただ黙って見ているだけではいけない。
子供の将来の為に、しっかりと勉強して、子供達を守らなければ…と
強く思いました。

この1か月。たくさんの本を買って調べ、ツイッター等を使って情報を集め、
自分なりに信頼できる情報源を得ることができました。

原発事故への対応も、落ち着いてできるようになりました。

久々のブログ更新も、そのようにして集めた情報をまとめて行こうと思ったから。

今日、厚生労働省が学校生活における放射能対策について
ようやく指針を示しました。

遅い!
水素爆発により大量の放射性物質が飛散してから、すでに1か月以上経過。
最も濃度の濃かった時期に対応していれば、被爆を防げたのに・・・。

職場の同僚達の中には(特に子供のいない同僚は)
「放射能対策なんて、そんなに神経質にやってどうするの。
たいして影響ないらしいよ。気にしすぎなんじゃない」
と言うけれど、自分の事はどうでも、
でも、子供達を守らなければ・・・と母としての本能が、そんな無責任な言葉に
怒りを感じずにはいられないのです。

という思いも込めて、ブログ再開です。

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